Roots MMJ創業時からの歩み

 
TPPの前哨戦とも言われた日豪FTA/EPA交渉が10ヶ月ぶりに再開した。
農水省の試算によると関税撤廃で国内の乳製品・牛肉の生産額は半減する、としている。
現在、オーストラリアにとって日本は最大の輸出市場だ。
まだ寒さの残る10月半ば、オーストラリアの酪農乳業の現場を視察した。

“コーラより安い”牛乳

牛乳は2リットル、3リットルのプラスチックボトルが主流

 
オーストラリアでは、大手スーパーマーケットチェーンであるColes、Woolworthsの2社が市場シェア7割を占めている。
それぞれの店舗を見たが、棚のほとんどがPB商品だ。
牛乳においては、Colesが1リットルあたり1ドルという低価格を打ち出し、Woolworthsもそれに追随、「安すぎる」と国会で議論されるほどの社会問題となった。
「水より安い」と言われる日本の牛乳、一方オーストラリアでは「コーラより安い」と表現するが、どちらも異常な安値であることに変わりはない。
 
これだけ安い牛乳が並んでいると、気になるのは酪農家の乳価だ。
日本の指定団体制度と違い、オーストラリアの酪農家の乳価は市場原理によって決まる。
酪農家はメーカーと直接契約を結び、品質によるランク付けも、メーカー各社が定めている独自の基準に従って乳価に反映される。
また、輸出向け(チーズ・粉乳)が生乳生産量の6割を占めるオーストラリアでは、乳価は国際乳製品価格の影響を強く受けて乱高下といっていい程変動する。

オーガニックという選択

そのような中、乳価変動の波を脱し、通常の倍以上の価格をつけて安定的に販売している組織がある。
Organic Dairy Farmers(ODF)だ。
その名の通りオーガニック生乳を生産する酪農家だけで設立した組合組織で、中国への輸出向けのオーガニックLL牛乳(中国視察で見た、緑色のパッケージがODFの製品)や、 チーズ、ヨーグルトなどを製造販売している。
オーストラリアの年間生乳生産量91 億リットルに対し、オーガニック生乳は3000万リットルと、その規模は小さい。
しかし2002年に7戸で始めた組合は現在20戸以上になり、現在も加盟希望者は次々と現れているという。
多くが既にオーガニックに近い経営をしている農家で、オーガニックに対する思い入れの深さが加盟条件の一つになっている。
単純に乳価が高いという理由では受け入れない。
そのような牧場でも、オーガニック認定(NASAA)を取得するには最低でも3年を要する。
 
訪れたのは、ODFの設立メンバーの一人であるWhitemanさんの牧場(Gippsland,Victoria)。
牧草の生育に合わせた季節分娩の為、訪れたとき(10月中旬)はちょうど春産みが全て終わったところだった。
牧草に頼るオーストラリアの酪農は、季節による生産量の変動が激しい。
これから夏にかけてピークを迎え、冬の生産量はその半分ほどになる。
そのため冬は生乳が不足するので、チーズなどの製造は乳量の潤沢な春夏に集中して行う。
 

Organic Dairy Farmersの牧場
最も遠い放牧区まで牛は3kmの距離を歩く。

 
搾乳牛225頭。
140haの草地を64区画に区切り、半日ごとに牛を移動する。
牛の足元に目をやると、チコリ、クローバ、オオバコ、ライグラス等…。最も重視しているのは、草種の多様性だ。
もちろん、薬品の使用は一切ない。
病気は少ないというが、乳房炎にハチミツ、後産停滞にニンニクエキス、ディッピング剤に酢を使うなどの自然療法を取り入れている。

Whitemanさんは20年前に40haの土地を4万ドルで購入し酪農を始め、その後整備しては高く売却することを繰り返し資金を作り、10年前に現在の牧場の形を作った。
労働力は夫婦とフルタイム雇用で2人。
ODFを立ち上げたのは、乳価を自らコントロールしたかったから。それはすなわち、自分の運命を自分で決めることだ、と語る言葉に力強さを感じた。

旱魃がもたらしたもの

オーストラリアで最も貴重なのは水だ。
国土のほとんどが砂漠である。
酪農ができる比較的温暖で雨量の多い地域はメルボルンを中心とした南東部。
この地域だけで全体の4分の3を生産している。
 

各所に見られる溜池

 
2000年から10年もの間続いた旱魃は、牧草主体の酪農経営を直撃し、酪農家戸数、生産量とも大幅に減少した。
生産コストはこの10年で上昇し、1リットル25セントの乳価で採算がとれると言われていた酪農経営が、現在では40セント必要だという。

一転して、今年は雨量が豊富で酪農家にとっては恵みの雨となったが、オーストラリア酪農にとって安定生産は大きな課題だ。
長年、干ばつにより草の収量が少なかったので穀物の給与割合を増やしていたが、今オーストラリアで推進されているのは、 気候・作物の状況により牧草中心か、穀物中心かどちらでも対応できる技術だ。
これにより、grass fed を好む消費者、grain fed を好む消費者どちらにも応えられるという利点もある。
気候に合わせた飼養管理技術の普及は、オーストラリア酪農の持続性、柔軟性を確実に向上させるだろう。

豪州産牛乳の脅威

オーストラリアでは、酪農家を始め、ローリーなどの輸送業、メーカー、倉庫業など酪農乳業に関わる全ての業態で営業免許(Dairy Licence)が必要だ。
また、酪農家は全て「Dairy Australia (DA)」に加入しなければならない。
DAは酪農乳業界の全てを手掛ける組合組織だ。
目的は酪農乳業の利益を上げ、効率を上げるための研究、そして輸出促進。
輸出用UHT牛乳の研究開発センターをブリスベンに持ち、チーズスターターの改良なども行っている。
運営費として、酪農家は出荷生乳1リットルあたり0.3セントを拠出する。
その他、政府から年間1500万ドルの予算(研究開発費として)が出る。

オーストラリアの生乳・製品の品質管理は、従来政府が担っていた。
しかし15年前から、検査や基準の整備など、少しずつ民間組織へ移行していき、2008年に法令が敷かれ全てDAで行うようになった。

生乳・乳製品の検査制度をAMURAという。業務自体はDAが政府に委託している。
なぜかというと、政府が行うことにより輸出時に他国からの印象が良いからだという。
各地に検査機関が設けられ、受乳時の抜き打ち検査、抗生物質、残留農薬など、検査は年5000回行われる。
その他、州が年2回工場を監査し、問題があれば再検査を繰り返し改善されなければライセンスの取り消しもあるのでメーカーにとっても緊張感のある制度だ。
酪農家にはさらに、全戸にHACCPの取得が義務付けられている。

トレーサビリティも完璧に機能している。
生乳からアフラトキシンが検出された事例では、すぐにその生乳が使われた可能性のある製品をリコール、回収した。
また、即座に生産農家を特定し、そこで飼料のピーナッツからアフラトキシンが検出されたことから、飼料メーカーを調査、同じえさを購入した農家も洗い出し検査を行った。
品質管理では、どこで生産されたかと、どこへ販売したかの双方向トレーサビリティが重要だが、AMURAによりこれらを迅速に行うことができた。
 
オーストラリア酪農にとって、品質管理の徹底は輸出の促進に不可欠な要素だ。
相手国によって異なる品質基準に対応するため、常に最も高いレベルを維持することが求められている。
オーストラリアの牛乳が脅威なのは、価格だけではない。
品質においても、日本の製品と充分に競合するものを持っている。
事実、豪州産牛乳は品質に優れた高級品として海外市場での需要が高い。
11月初めにはメーカー大手のLongwarry Food Parkが輸出向けUHT牛乳(常温保存可能品)製造ラインを大幅に拡張、年間1.5億リットルの生乳処理を開始した。
現在乳製品の輸出先の18%を占める日本へ送る視線は否応なしに熱くなる。
味、安全性ともに日本の消費者の求めるものをクリアするとなれば、乳製品のみならず、飲用乳市場ももはや聖域ではなくなる。
時代の流れと言えばそれまでだが、そのような荒波の中でこそ、「自分の運命を自分で決める」と言ったWhitemanさんの言葉が重みを増して聞こえるに違いない。