• 酪農と乳業をむすぶ生乳売買プラットホーム

7軒の分裂

団体の術中にはまった7軒の農家は、乳業との契約が切れるまでの1ヶ月間で、次の販売先を獲得しなければならないという苦境に立たされた。
そのような苦しい状況で、7軒の中でも対外交渉力のある農家は各自で販売先を模索し始める。
松山はタカハシ乳業とオーガニック乳で契約、徳沢は東信ミルクプラントと契約、そして、リーダーとして農家をまとめていた川野自身も、 単独で近隣にある豊田乳業と契約を結ぶ(7軒のアウトサイダー出荷を実行した後、H8年から 150~200kg/日ほど出荷していた)。
それぞれの乳業は小規模であり、処理量も安定しておらず、求める品質も異なっていた。
 
7軒の農家は会合を重ねるが、有効な妙案は浮かばない。
独自の販売交渉をしていない他の4軒の農家は、常に7人一緒に行動してきたのだからと、既存組合が行っているようなプール乳価にすることを求める。
しかし、ここにきて量的な大きさが足かせとなり(7軒合わせて10t/日)、どこの乳業も「安ければ引き取ってもいいけど」というような返答であった。
余乳扱いである。
プール乳価にしたところで、継続は困難と感じた川野氏は、プール乳価での継続を否定した。
夫婦同伴で招集した会議は夜を徹して話し合われたが意見の一致がないまま、解散となる。
これをきっかけに、7軒の農家は仲間意識を失い、5年間続いた同乳業との契約期限が切れた平成11年4月、それぞれ個別の道を選択することとなった。