• 酪農と乳業をむすぶ生乳売買プラットホーム

団体の仕掛けた罠

北軽井沢のアウトサイダー酪農が実現するまで、群馬県内のアウトサイダーへの試みは、2件あった。
それらは生乳を初出荷する直前に所属団体の知るところとなり、出荷先への販売妨害をされ、失敗に終わっていた。
群馬では初めての5年間続いてきたアウトサイダーとしての生乳出荷だ。
平成8年にはさらに山田が加わり、合計7軒になる。
が、期待していたような乳価は得られず、農家としては薄々限界を感じ始めていた。
そのとき、決定的な事件が起こった。
きっかけは、アウトサイダーになった農家にも後継者が入り、牛舎を増改築するため農協に国の制度資金の借り入れを申し込んだ時だ。
農協に資金借り入れを申し込むと、融資の条件として、「生乳の指定団体農協への全量出荷が条件だ」といわれ、 指定団体に再加入しなければ貸し出せないといわれた。(一般の銀行などの金融機関経由で制度資金を申し込む手段はあるが、農地法の制約上、担保不足になる)
 
川野を始め、アウトサイダーとしてメンバーに入っていた当時の7軒は、酪農組合への再加入はしたくないということを意思表示した。
その理由として、以前所属していた吾妻酪農組合は手数料が高い事、多くの点で経済的に拘束される事、また乳代精算の不透明性などの点であった。
そうしたところ農協参事、山川氏は群馬の経済連に直接加入して、生乳を出荷すれば、新たな一組合として7軒を認めるということを提案した。
7軒の農家は相談の結果、乳業との契約を打ち切って、群馬経済連に加入し、指定団体に戻る事を決意する。
この時点では、まだこの誘いが巧妙な吾妻酪農組合、乳販連などの罠である事に気付いていなかった。
八ヶ岳酪農組合とは契約終了手続きをし、最終的な指定団体再加入の会議の席上、農協惨事山川氏は「経済連の話などしていない」と、 今までの直接加入の話を反故にするような発言に終始した。
団体側は吾妻酪農協への再加入を執拗にせまる。
条件は生産乳量に対しての1円/kgでの生産枠買取であった。
指定団体の取引には出荷枠というのがあり、農家毎個別に管理される。
これは一度脱退したものに対して新参者扱いした、実質上の罰金の徴収である。
 
7軒の農家は激怒した。
初めて騙されて罠にはまった事に気付く。
団体側は何とかその場を取り繕おうとしたが、会議は決裂した。
もう八ヶ岳酪農組合に戻る事はできない、組織らしい組織を築かなかった7軒の仲間は、分裂の道を歩み始めることになる。