• 酪農と乳業をむすぶ生乳売買プラットホーム

 
7月1日、岩手県 一戸町の(有)土里夢農場の澤口社長が決断した。
岩手県は東北の中でもJAの力が大変強いところで、農業が盛んな県である。
酪農発祥の地であり、今でも東北最大の生乳生産を誇る。
(有)土里夢農場は搾乳牛頭数 170頭、成牛頭数で約200頭を飼養し日量6~7トンの生乳生産を行う。岩手県内6位の規模である。
 
牧場は良いスタッフに恵まれ順調に拡大してきた。
自給飼料も積極的に取り入れ別法人のTMRセンター(有)TMRうべつで 170haを耕作する。
東北で最も安いと言われる岩手県の厳しい乳価の中にありながら知恵と努力で揺るぎない酪農法人としての地位を築いてきた。
農畜産振興機構のホームページにも掲載されている。→掲載ページはこちら
奥中山地区を代表する酪農法人である。
何が問題で澤口氏をアウトサイダーに駆り立てたのか?
酪農団体の代表をされた経験を持つ澤口社長は生乳を有利販売するのは自主販売(アウト)しかない、と判断された。
 

 
岩手のアウトサイダーの歴史は古い。
MMJに平成15年6月に加入した岩泉グループはそれ以前、平成2年には既にアウトサイダーになっている。
水沢にあった農プラのけんこう牛乳に直接出荷していた。
平成2年は岩手県下に厳しい生産調整が施行され、前年度までの生産実績をもとに、出荷枠が設定された。
後追いで設定された出荷枠であるが、この枠を超える農家は、集乳を拒否されることになった。
当時、急速に生産量を伸ばしていた三田地義正さん(2011年6月死去)以下4軒の酪農家が組合出荷をやめ、アウトサイダーの道を選んだ。
その後、出荷先のけんこう牛乳が異常乳問題を起こし、同乳業は破綻する。
出荷先を失った岩泉のグループであるが、平成2年に岩手県酪を離脱した時に団体との大変な軋轢があった事から、代表の三田地義正さんは「インサイダーにもどる選択はない」と言い切った。
当時MMJはまだ創業したばかりであったが、MMJへの移籍を一週間で決断された。
 
岩泉町の酪農家戸数統計を見ると、系統外出荷の戸数は平成3年から平成20年まで空白になっている。
アウトサイダー農家は、町の統計にも載らなかったのだ。
その間、堆肥関係等の町の補助事業があっても、アウトサイダーの農家は声をかけられることもなかったという。
しかし、統計が示すようにインサイダーの酪農家が激減するなかで、アウトサイダー農家は一戸も欠けることなく経営を続け、現在は9戸に増えている。
 

岩泉町の酪農家戸数統計

 
MMJとの契約から12年、岩手の人たちは岩泉の4軒の酪農家の全農との戦いを忘れていない。
農家が農家のために作り、生乳を有利に販売するための組織のはずであった全農や酪農組合は、その本来の思いとは反対の方向に向かっている。

平成24年、岩手町のハッピーヒルファームを中心に4牧場、そして今回一戸町奥中山の土里夢農場。
皆地域を代表するような酪農家がMMJに集まった。
 

自主販売を先行したハッピーヒルファームの千葉社長(左)と今回、初出荷をする澤口社長(右)