• 酪農と乳業をむすぶ生乳売買プラットホーム

 
原乳の供給不足は続いています。近年にない供給不足です。
しかしながらこの傾向も今年を過ぎれば一段落来そうです。
 

スモール市場ではホルオスの供給増、初任牛の予備軍が農家に蓄えられてきています。
牛乳乳製品の消費は横ばい、脱脂粉乳は多量に在庫を抱えています。
酪農家は当分の間、乳価は高値安定と思っていらっしゃるようですが、そんなことはないでしょう。
過去の生産調整の実施例を見ても突然行われています。
現在はまれに見る売り手市場です。今こそ販路を開拓するチャンスなのです。

新規MMJ契約者 松井直弘氏 紹介


 
この名前を聞いただけでも「あれ、どこかで」もしかしてあの松井さんでは…と思って いる方もいらっしゃるのでは。
そうです、生涯検定選奨-都府県13年度第1・第4四半期では金賞を5頭、銀賞を3頭入選、さらに14年度金賞8頭、銀賞5頭入選させた驚異的な酪農家です。
でも会って話をしてみると賞を獲得するために頑張っているというのではなくて、「牛のためにいい牛飼いになりたい」という本人の言葉通り、 本当に牛を大切に飼った結果が賞の獲得に結びついたようです。
牛を大切に、牛が認めてくれるような牛飼いになれれば経済は自然についてくるといいます。
牛と共に働いているのだと思えば当然の理論ですが、そのことを忘れてしまっている 人が多いのではないでしょうか。
 
松井さんは本当に牛と出会えて良かったと言います。
多くのことを牛は与えてくれるといいます。
松井さんと話していると、この人は牛と心の会話ができるのかもしれない、と思えてきます。
また、できることならストールで牛と一 緒に寝たいといいます。きっと本音でしょう。(奥さんに止められたそうです)
現在80頭の搾乳を近い内さらに増やす予定です。
 
松井さんは昨年12月10日まで群馬の東毛酪農に出荷していました。
組合を脱退し、MMJと契約した理由のひとつに「酪農組合が農家のためのものではなくなってしまった」といいます。
東毛酪農の中では抜群の成績、出荷乳量でトップでした。
 
こうした優秀な酪農家に見放される酪農組合が増えています。
酪農家を育て、生産物を有利販売するのが本来の目的であるはずの組織が、酪農家を食い物にし始めている現実があります。
松井さんの話によると、東毛酪農はバブル経済の中で 農業補助金制度を利用し他業種に進出しました。
組合員不在の事業を多方面に拡大し続け、 宅配牛乳会社、焼肉ハウス、不動産事業、アイス製造施設(現在はほとんど稼動していな い、投資金額4億円)、 往復3時間の山奥での牛乳瓶詰め工場直売施設。
その他いろいろ。 ほとんどが公的補助事業です。
それらの事業がことごとく赤字になり、組合員よりはるかに多くの従業員を抱えてしまいました。
その赤字分を昨年の12月の総会において、出荷乳 代より強制補填(出荷乳量に比例した組合への出資)することが決定されたそうです。
「もう俺がいるべき組合ではない」と松井さんが見限ったのも当然かもしれません。

人と共に生きる崇高な牛たち、世界で一番多くの牛が暮らすインド、ネパール。


 
企業酪農が叫ばれる中で松井さんの酪農観は異色ですが、世界的な視野に立ってみれば 松井さんの考えは正統派なのです。
なぜなら、遊牧民の生き方そのものです。
牛を「神様」と呼びます。
生活の糧を与えてくれ、生きがいと愛情を注ぐ牛達を神様と呼びます。
教えを請い、神として慕う対象にまで人間と牛の関係を高める。
私事ですが、小生が牛を始めたきっかけもそれに近いものでした。
 
世界で最も多くの牛が暮らすインド、 中東やネパール、タイ、どの国に行っても牛が居て人と共生していました。
ヒマラヤ高地 のヤク(高地に住む野生の牛)は体毛が30センチにもなります。
乳は少量しか出ませんが、ネパールのランタン谷ではスイスの牧畜家がヤク乳を原料にヤクチーズを作っています。
直径60センチもあるドーナツ型のチーズは硬く、深い味わいがありました。
そのままでは 歯が立ちませんので、硬いチーズをナイフで削って火にあぶります。
チーズに透明感が出てくると食べごろ、チャンという雑穀の酒と一緒にほおばれば、至福の喜びが口に広がります。
牛と暮らすのもいい、「生涯の仕事として」と思ったものです。
 
人と牛の関係には何千年という長い歴史があり、互いに助け合いながら暮らしてきました。
松井さんが言う、人と牛が居れば他のものはいらない、という考え方。
牛が欲するものを与えてやるだけ、という飼い方、酪農の基本かもしれません。
もし牛が飼い主を選ぶことができたら、「松井直弘に飼われたい」と 牛に選んでもらえる牛飼いになりたいそうです。
日本中の、いや世界中の牛が1頭でも多く幸せになれるように、 それが私たち関係者の幸せに繋がるといいます。
牛の餌を売る人たち、牛乳をパック詰めして販売する人たち、肉牛を肥育する人たち、それを食べる人たち、 そんなすべての人たちが牛に感謝しながら生活する世の中が来ればいい、と言います。
 
ここまで読んで、「夢見てんじゃねぇよ」と一笑する方もいらっしゃるかと思いますが、 私には松井さんの話が農業の基本であるように思えます。
かの水戸黄門でさえ米俵に腰を下ろしたため、百姓女から火吹き竹で撲られたそうです。
日本の米作農家にとって米は神様なのです。
「このバチ当たりが」と撲られた黄門様が居たとすれば、牛飼いにとって牛が神さまであるということも、ごく自然な気持ちではないでしょうか。