• 酪農と乳業をむすぶ生乳売買プラットホーム

鬼滅の刃(きめつのやいば)がヒットしている。コンビニののぼり旗には驚いたが、ジュースや菓子までキャラクター商品が出ている。

鬼退治のアニメだ。久々の日本アニメのヒット作になりそうだ。

鬼は当然悪役だが、鬼に変身する以前は弱々しい一人の人間だった。という隠された「想い」が子供から大人まで惹きつけるアニメの魅力になっている。

 

少し農畜産業に携わった、またはその関連業界の方々と(私もそのひとりだが)組合の話をすると、農協組織やその関連組織の役職を持つ人たちの事を、鬼ならぬ「魑魅魍魎(ちみもうりょう)が出てきて、何だか分からなくなっちゃうでしょ」という。

話の本筋が外れ、何時の間にか会話が無限ループに入ったかのようにグルグル回り、責任の所在が判明しないまま時間ばかりが経つという。

 

関東では平成12年(2000年)、広域生乳販の関東生乳販ができた。全国10の広域生乳販(注1)が誕生したその内の1つだ。

東京、神奈川、千葉、茨城、栃木、群馬、埼玉、山梨、静岡の1都8県、各酪農組合組織が加盟した。

国(農水省)からの要請でそれまで各県独自に行なっていた加工原料乳補給金制度(注2)上の指定団体の乳価交渉力を「生乳出口の一元化により強化する」という事だった。

関東生乳販に配乳権が集約されるまで各都道府が県独自に配乳、飲用売価を決定していた。配乳量不足の場合は近隣他県からの調達で賄っていた。

関東生乳販が創られ、配乳権を集約する直前の各県の乳価が下記である。

生産者乳価は各県の手数料や加工比率、集送乳経費などが異なり、表の金額と手取り乳価は一致しない。

近隣県の乳価を、群馬の酪農家はその時はじめて知ることになった。
群馬の酪農家は口々に「なんじゃこれは、知らんかった」とショックを隠せなかった。

売価が安く、控除される経費が多い。

さらに関東生乳販に配乳権が集約されれば「1年以内に都県の各酪農県連は廃止され、生産者乳価は統一される」と案内された。いちるの望みを持った。

しかし2年経ち3年経ちしても各地の県酪は1つも整理されなかった。あれは嘘だった。

2001年、群馬で株式会社ラクテックス(注3)、が酪農家によって組織された。

その1年後、2002年、私は㈱ラクテックスを支援するため㈱MMJを作った。

これら組織は、当時の指定団体が行っていた委託販売(注4)ではなく、生乳を「売る事」を考え、地域、範囲にとらわれず、あらゆる手段を尽くし売っていく事を目的とした。

この活動を続けるには協同組合の「合議による採決」では、巨大なJAや指定団体には対抗できないと考えた。

小さくても機敏に、変化に対応できる株式会社にした。組合組織ではなく。

 

関東生乳販などの広域生乳販が創られたのは平成12年の事だ。今は令和2年だ。20年経っても自らの組織の作り変えさえできない酪農広域生乳販に何ができるというのか?

期待しない方がいい。

組織を作るのは簡単だ。関東生乳販も2年で出来た。創立後3年間は農水の補助金で賄われたので農家負担は無かった。

ところが3年経っても各県酪の解体、解散の話は会議の議案には載ったが全国、ただのひとつも県連、県酪は解体も消滅もしていない。補助金が打ち切られてから17年間、酪農家は3階建組織の負担を負い続けている。

これは「たまたま」ではない。「偶然」でもない。初めから分かっていたのではないか?魑魅魍魎と呼ばれる人達には。

協同組合組織、特に地域という枠に縛られた酪農業協同組合組織には、何時の間にかこうした人達が育ち、巣つ食うのかも知れない。

 

とは言え「組合組織の○○がいる限りうちの組合は変わらない」という話はよく聞くが、人の問題、個人の資質の問題ではないと思う。その中枢には機智に富み、業界の未来を真摯に考える方も少なくない。

 

昔、北海道ではソ連、ホクレンと云われるくらいホクレンは農家から恐れられていた。

その中枢の方々も付き合ってみれば悪い人はいない。それぞれの「立場」があるだけだ。立場やその権限はその人が作るものではなく、組織が作り、与えられるものだ。

 

令和2年8月         株式会社MMJ 代表取締役社長  茂木修一

 

(注1) 広域生乳販とは、昭和40年に施工された加工原料乳補給金制度に指定されていた各都道府県の指定団体を行政区割りに10団体に集約したもの。農家が望み行った変更ではない。
詳しくはhttps://www.maff.go.jp/j/chikusan/gyunyu/lin/pdf/shitei_dantai.pdf

(注2) 加工原料乳補給金制度とは、酪農家が組合などを通じて販売した生乳の用途により、生クリーム、練乳、脱脂粉乳、バター、チーズなどに補給金として支給される。
詳しくはhttps://www.alic.go.jp/r-keiei/raku01_000423.html

(注3) 株式会社 ラクテックスは群馬の5件の酪農家で結成された。2001年、5件の農家で創設されたが、3年後、当初の出荷先乳業を農協に潰された。アウトサイダーと呼ばれていた当時、少なからず予測していた。MMJと共に販売先を確保しながら現在も群馬県の酪農家によって独自の自主販売を継続する。日乳量25t、農家戸数  4軒。詳しくはhttp://lactx.co.jp/

(注4) 指定団体の委託販売は10の地域に区分けされ、各地の乳業はその所在している生乳販からのみ配乳を受けることができる。しかし、制度施行以前の売買の繋がりは温存された。