• 酪農と乳業をむすぶ生乳売買プラットホーム

団体の仕掛けた罠

  • 2010年10月12日

北軽井沢のアウトサイダー酪農が実現するまで、群馬県内のアウトサイダーへの試みは、2件あった。
それらは生乳を初出荷する直前に所属団体の知るところとなり、出荷先への販売妨害をされ、失敗に終わっていた。
群馬では初めての5年間続いてきたアウトサイダーとしての生乳出荷だ。

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7軒の分裂

  • 2010年10月12日

団体の術中にはまった7軒の農家は、乳業との契約が切れるまでの1ヶ月間で、次の販売先を獲得しなければならないという苦境に立たされた。
そのような苦しい状況で、7軒の中でも対外交渉力のある農家は各自で販売先を模索し始める。

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それぞれの選択

  • 2010年10月12日

7軒のうち、現在もアウトサイダーとして出荷を続けているのは川野、徳沢の2軒と、オーガニックをしている松山である。
川野は、豊田乳業に出荷を続けていたが、量的に少なかったため(150~300kg/日)、 ほか大半(2t強/日)は八ヶ岳酪農組合に65円/kgで余乳として引き取ってもらうという状態が1年半続いた。

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インサイダーとアウトサイダー

  • 2010年10月12日

インサイダーに戻った4軒の内の、ひとりの酪農家の話では、乳価が当初の話とは違っていたこと、7人の仲間意識が崩れたことが、破綻の原因であったと言う。
北軽井沢は開拓地であり、そこで酪農を営む約60軒の農家は、いわば同じ釜の飯を食った同志であり、それと同時に、横並び意識も強い。

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数多い教訓

  • 2010年10月12日

アウトサイダーを始めた当時、川野の立場は微妙だった。
リーダー的役割でありながら、その報酬は他の6軒から得ていない。無報酬である。
無報酬であれば当然責任は他の6軒と同じわけであるが、「言いだしっぺ」という事からリーダーとなった。

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取材を終えて

  • 2010年10月12日

一連の出来事は当事者の酪農家はもちろんだが、近隣の農家にも大きな傷跡を心に残したようだ。
農協組織への不信感と諦め。
元来農家が作った組織ではあるが、すでに農家の手に負えないほど巨大化してしまっている。

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